• TOP
  • Column
  • 食と科学のおいしい関係(8)

2016.08.12

食と科学のおいしい関係(8)

豪州産の牛肉が店頭に並ぶようになったが、安いけれどもとにかく固い。ジューシーさのカケラもない。そんな安い肉を極上に変える技とは?

 

【過去の人気記事はコチラ】

食と科学のおいしい関係(7) 肉の色が一酸化炭素で激変

食と科学のおいしい関係(8)

肉を驚異的に柔らかくするマイタケ効果

「マイタケなんですよ」

と科学検証番組のディレクターが言ったわけです。

 

鶏の胸肉をいかにやわらかくするか? というテーマで、叩いたり重曹や生姜、ヨーグルトに漬けたり、果ては爆薬の極超音速の衝撃波で繊維を破壊したり、電気を流したり(それで私が協力したのですが)、さんざんやった挙句にもっとも肉が柔らかくなったのがマイタケ。

「マイタケ入りのかまぼこを売り出そうとしたメーカーがあったんですが、魚肉がまったく固まらないんだそうです。それでマイタケに肉を結合させない成分があるんじゃないか? と思いまして」

 

マイタケを入れると茶碗蒸しもできないと言います。なぜか? マイタケにはタンパク質分解酵素エンドペプチダーゼを含まれます。エンドペプチターゼはアミノ酸がペプチド結合によって鎖のようにつながったタンパク質をぶつ切りにしてしまいます。マイタケと出会ったタンパク質はほどけてしまい、アミノ酸になってグズグズしてしまうのですね。

鶏胸肉の場合、マイタケに漬けると固さは生の状態に対して51%、ほぼ半分になるのだそうです。

「しかも酵素活性が摂氏60度以上でも失われないんです」

調理しても大丈夫ってことか? なんて便利なんだ!

そんなマイタケパワーのことを飲み屋をやっている友人に教えたら、フードプロセッサーで粉砕した鮎やエビや牡蠣をマイタケのジュースに入れ、低温加熱で24時間、グズグズのペーストにしてしまいました。味噌としてチーズに載せたり、ラーメンのスープを作ったりと大活躍させています。

それが極めておいしい。エビペーストを溶いたエビ味噌ラーメンは、食べ終わったら悲しくなるほどおいしい。牡蠣のペーストにいたっては、食べた女性が「死ぬまで食べる! いや、死ぬ時に食べる! 食べて死ぬ!」と言ったほどのうま味の塊です。これを肉に使わない手はないでしょう。

実際に食べて見た!

最近、スーパーでよく見る豪州産の牛肉は、とにかく安く、グラム98円なんて鶏肉と変わらない値段で売られている時さえあります。安いのは結構ですが、とにかく固い。うま味もない。同じ安い牛肉でも、米国産はまだ脂身がありますが、豪州産は見事に赤身で独特の匂いがあります。

あの臭いは飼料の違いで、草を食べて育った牛の肉は臭いが強くなるのです。日米の牛のように、穀物飼料を食べさせると臭いがあまりない肉になるそうです。だから本来の牛肉の臭いということなのでしょうが、和牛や米国産牛にはない臭いです(羊の肉の臭みも、羊が草を食べるからだそうです)。穀物飼料の肉に慣れていると、豪州産の牛肉には違和感を感じます。

 

近所のスーパーでステーキ肉を買ってきました。約200グラムで680円、ステーキ肉としては驚異的な安さです。同じ重さの和牛は1,500円でしたから、半額以下です。

しかしパックから出して持ってみると、やっぱり固い。煮込みならともかく、ステーキにこれはないと思います。よほど上手に焼かないとパサパサになりますし、うまく焼けたからといっても肉が固いことに変わりはない。

マイタケひと株を手でばらし、水を加えてフードプロセッサーで粉砕します。30秒で灰色のマイタケジュースが出来上がりました。ジップロックに肉と一緒に入れて放置します。酵素活性は温度に左右されるので、できれば温度が高い方がいいのですが、肉が傷むかもしれません。食中毒は勘弁してほしいので、冷蔵庫にしまい込みます。

 

12時間後、ジップロックを開けてみます。うわ、肉がブニョブニョ。

肉の繊維がマイタケによって断ち切られたのでしょう、持ち上げるとステーキ肉がしゃぶしゃぶ用の薄切り肉のように垂れ下がります。

マイタケのジュースを肉からぬぐい、簡単に塩だけを振ってフライパンへ。ちょっと長めに焼き、わざと固くします。

皿に移して驚きました。ステーキ肉が箸で簡単に切れるのです。これがあの豪州産とは思えません。固さだけなら、和牛よりもっと柔らかいかもしれません。脂身がないのは変わらないため、あっさりした味でうま味も少ないけれど、柔らかくなったことでずっとおいしくなりました。マイタケの匂いでカバーされたのか、臭いもまったくナシ。

 

匂いにつられて子どもが寄って来ました。何も言わずに切って出します。

「うめえ、柔らけえ!」

正直でよろしい。マイタケ、おススメです。

川口 友万

川口 友万

福岡県福岡市出身。富山大学理学部物学科卒。サイエンスライター。
科学専門サイト『サイエンスニュース』http://sciencenews.co.jp/ の編集統括。著書多数。
毎週日曜日、武蔵小山にて科学実験を体験できるバー『科学実験酒場』を開催、週替わりで食に関する実験を行っている。

■科学実験酒場

https://www.facebook.com/groups/kagakubar/