2016.08.23
さて、いよいよ“焼き”に入る。もちろんここまで順調にひき肉の結着が行われていることが大前提ではあるが、逆に言えば、肉の結着さえしっかりしていれば、成形自体はさほど難しいわけではない。
料理番組などで、パテを両手の間でキャッチボールのように往復させる場面が紹介される。その目的はよく「空気を抜く」と言われる。確かに結果としてパティの内部から空気は追い出されるのだが、少しこの表現は誤解を招きそうな気がする。目的は「空気を抜く」ことではなく、パティ全体が緊密に絡み合った状態で安定させることだ。
確かに肉と肉との間に空気が入っているところがあると、そこから肉割れが起きるリスクは生じる。だが、一見肉に割れ目や空気が入っているように見えなくても、肉が決着していないことはある。どんなに空気を抜いても、肉の組織同士が絡み合っていなければ意味がない。キャッチボールの目的は「空気を抜くため」ではなく、前工程で「緊密に結びつけた肉をさらに万全の状態にする」ことが目的なのだ。
家庭のハンバーグにおける「焼き」で最優先させるべきは衛生管理、それにきちんと中心まで火を入れること。近年、内部がレアのハンバーグを出す店がたまにあるが、基本的にひき肉料理は脂肪が注入された成型肉と同じ扱い。家庭だとしても、中心部で75℃1分に相当する火入れが基準となる。ただしこの温度帯以上になると、肉から水分が急激に出て行ってしまう。慎重な温度コントロールが必要だ。
整理すると、成形と焼きについては「安定して焼ける状態の種をつくり」、「表面に香ばしい焼き目をつけ」、「中心まで適切に加熱されるように火を入れる」ことが要諦となる。付け加えると、結着した肉は加熱によって、筋繊維が収縮して全体の形状がボール状に膨らむ。だからこそ成形時には、パティの中央を凹ませることが必要になる。焼きで言えば、肉は生の状態のほうが香ばしい焼き目がつきやすい。だから、生の状態のパティをフライパンの表面に触れる状態で焼きはじめることが重要となる。
実はハンバーグに関しても焼き方の研究論文はいくつも発表されている。例えば日本調理科学会近畿支部焼く分科会(2004)は表裏の合計加熱時間を「10~20分程度」と報告している。他の論文でも、2.0cm厚のパティを合計20分程度かけて焼くことが推奨されているが、これはフタなしの場合。フタをするとフライパン内部が高温になり、その分、早い仕上がりが期待できる。しかし高温になるということは、裏を返せば温度のコントロールが難しくなるという解釈も成立する。
いずれにしても、必要なのは「香ばしい焼き目」をつけながら、「内部温度を安全圏まで上昇させ」つつも「パティ内部においしさを残す」こと。
●フタありの場合
1.中火で片面に焼き目をつける(香ばしさの付与)
2.返して裏面にも焼き目を少しつけ、火を弱める(長時間加熱でも裏面が焦げない程度の火力に調整する)
3.フタをして、弱火でしっかり(中心部分まで)加熱する
となる。フタの有無で2.のひっくり返すタイミングや、3.の火入れの時間は変わってくる。すべての工程に目的があり、順序にも理由がある。ちなみにフタなしの場合は次のようなレシピが焼き方のひとつの目安となる。
●フタなしの場合
1.弱火で片面をじっくり焼く(香ばしさの付与+中心近くまで火を入れる)
2.横面の半分近くの高さまで色が変わったら、ひっくり返す
3.横面の色が9割方変わったら、フライパンに接した面の色を見る
※先に焼いた面に焼き目がついていれば、逆側の面にも焼き目がついているはず。先に焼いた面に焼き目がついていなければ、この時点で火を中火にして焼き目をつけ、返して裏側にも焼き目をつける。
個人的には、肉々しいハンバーグについてはフタをしないレシピで焼いたほうがいいと思う。多くのハンバーグのレシピは「フタをして蒸し焼きにする」という工程が入るが、前述のとおり、フタをして高温になれば温度のコントロールが難しくなる。フタはむしろ上級者向けの手法なのだ。ステーキを焼くときにフタをしないのと同じように、ハンバーグもきちんと焼く。目先の「かんたん」レシピに躍らされずに、場数を踏めばどんな肉でも上手に焼けるようになるはずだ。
(参考文献)
石渡奈緒美,堤一磨,福岡美香 (他) ,渡部賢一,田口靖希,工藤和幸,渡辺至,酒井昇(2012)「殺菌価を考慮したフライパンによるハンバーグ焼成時の最適調理 : (第2報)反転タイミングの違いがもたらす殺菌価への影響」日本調理科学会誌 45(4), 275-284/嶋田さおり,渋川祥子(2013)「焼き調理における加熱条件と推定方法の検討」日本家政学会誌 64(7), 343-352/日本調理科学会近畿支部焼く分科会(2011)「過熱水蒸気オーブンを用いた時のハンバーグステーキ焼成温度の違いがジューシーさやおいしさに及ぼす影響」日本調理科学会誌 44(6), 400-406
東京都武蔵野市生まれ。編集者・ライター。さまざまな「食」を「食べる」「つくる」「ひもとく」フードアクティビスト。調理の仕組みや科学、食文化史などを踏まえ、『dancyu』などの料理誌から一般誌、新聞、書籍、Webまで幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオなどでは食のトレンドやニュース解説も。近著の『家で肉食を極める! 肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(マガジンハウス)ほか、自らも参加する調理ユニット「給食系男子」名義で企画・構成を手がけた『家メシ道場』『家呑み道場』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はシリーズ10万部を突破。
ブログ「うまいものばか!」