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2016.10.05

食と科学のおいしい関係(10)

食と科学のおいしい関係(10)

なぜバターはおいしいのか? 

テレビ番組「アンソニー世界を喰らう」の料理人アンソニー・ボーデンは、おいしさの秘密は最後にひとさじのバターと自著「キッチンコンフィデンシャル」で書いていました。それを読んでから、何にでもバターをちょっとだけ入れるようにしているんですが、すごくおいしくなる。洋食は当たりまえとして、こんにゃくの煮物だって、炒める時にバターをちょっと入れると俄然おいしい。

 

バターといえば、東海林さだおの『まるかじりシリーズ』、最高ですね。東海林氏が食べ物について、ああでもない、こうでもないと書き連ねているだけなのですが、面白い。真冬だと言うのに東京に雪が降ったからと雪でかき氷を作ったり、卵かけごはんにマヨネーズをかけたり、しょうゆだけでチャーシューを作ったり、東海林氏が作る料理も何かと面白い。

 

 

バターで炒めた肉はなぜおいしいのか?

中でも私が愛してやまないのが「牛肉シソバター丼」。牛肉と刻んだシソをバターで炒めて、しょう油をかけてご飯に載せるだけの、シンプル過ぎる丼です。よく作るんですが、うそーっ! というぐらい大量のバターを入れるのがポイント。幅1センチに切った塊を放り込む。元は椎名誠氏がやっていた食べ方なのだそうです。

 

バターとしょうゆの海で幸せに溺れていく牛肉に、ときめかない男はいないでしょう。これが噂の「萌え」ではないのか? 萌え属性ゼロの私はそんなことを思うわけですが、なぜ肉とバターはこれほどに合うのか?

 

肉と牛脂はそりゃ合います。合いますが、合って当然なのであって、牛脂にはバターのプラスアルファな幸せ感はない。よく考えれば、バターは単なる油ではないんですよね。油には味がありません。サラダ油をなめても味はしません。しかし無塩バターでも、バターには独自の風味があります。

 

バターの原料は牛乳です。牛乳に含まれる遊離アミノ酸が100グラムあたり0.5グラムとわずかながら残っています。雪印乳業技術研究所によると、もっとも多いのがグルタミン酸で約40%。グリシン、アラニン、リジンなど牛乳とほぼ同じアミノ酸で構成されています。つまりうま味があるわけです。

 

バター特有の香気は乳脂肪を構成する脂肪酸の香りです。バターの脂肪酸は短鎖脂肪酸の酪酸が主ですが、コクを出すのは中・長鎖脂肪酸のデルタラクトン。バター風味のフレーバーとして食品添加物として使われています。

 

牛肉の場合、アミノ酸の構成がバターと異なり、トレオニン、アラニンなどが多く、バターのアミノ酸と補い合う関係になっています。また核酸であるイノシン酸も含まれています。バターと組み合わさることでうま味成分がより複雑になり、イノシン酸とグルタミン酸との相乗効果でおいしさが増すと考えられます。

 

熟成した牛肉にはラクトン系の甘い香りがあり、同系統のバターのデルタラクトンの香りと強め合う効果があるでしょう。

 

風味は口蓋にあるヤコブソン器官が香気成分を受け取り、感じさせていると考えられています(諸説あります)。味には香りが非常に重要であり、食用油にはないバターの香気成分が肉のおいしさをランクアップさせるわけです。

 

もちろん栄養面での欲求も大きいでしょう。炭水化物にしてもタンパク質にしても、消化された養分は肝臓を通してから血流に乗せられますが、油脂は肝臓を通さずにそのまま血管に入ります。非常に効率がいい栄養源なのです。効率のいい栄養素をおいしいと感じるのは当たり前の話で、だから砂糖と脂はおいしいわけです。

 

バターを食べると太ると思われがちですが、なんとバターでやせるという研究が! 肉やバターに含まれる脂肪酸の一種、共役リノール酸をマウスに与えたところ、内臓脂肪が有意に減少したというのです。共役リノール酸には抗がん作用や抗動脈硬化作用があることがわかっていて、今後の研究が待たれる夢の物質。最近、シリコンバレー式ダイエットで有名になったバターコーヒーも、使うバターはグラスフェッドバター(配合飼料ではなく、草を食べさせた乳牛のバター)を指定しています。グラスフェッドバターの方が、共役リノール酸の含有量が多い(2~3倍という説も)というのが理由です。

 

すげえな、バターという感じです。もちろん、食べ過ぎればそれ相応の弊害はあると思いますが、上手に付き合っておいしいひと皿を増やしていきたいものです。

 

川口 友万

川口 友万

福岡県福岡市出身。富山大学理学部物学科卒。サイエンスライター。
科学専門サイト『サイエンスニュース』http://sciencenews.co.jp/ の編集統括。著書多数。
毎週日曜日、武蔵小山にて科学実験を体験できるバー『科学実験酒場』を開催、週替わりで食に関する実験を行っている。

■科学実験酒場

https://www.facebook.com/groups/kagakubar/