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2017.02.15

適サシ適所。うまい肉の定義とは何かを考える

「うまい肉ってなんだろう」。肉好きにとっての永遠の疑問である。その疑問に対する、ひとつの解を浅草のすき焼き店が提案した。

適サシ適所。うまい肉の定義とは何かを考える

市場の基準とズレてきた、「ちんや」の“いい肉”の定義

「適サシ肉」――。先日、浅草の老舗すき焼き店「ちんや」が自店で提供する肉の基準の変更を宣言した。すると、文春オンラインが「老舗すき焼き店が「もう霜降り肉は出しません」!」というタイトルで取り上げ、ネットでのアクセスが爆発。テレビの情報番組からの取材依頼も殺到した。だが当の浅草「ちんや」の住吉史彦社長の胸中は複雑だったという。

 

「取り上げていただくこと自体はありがたいんです。でもメディアを介したとき、こちらの真意が伝わらないことも多い。『適サシ宣言』という言葉がひとり歩きして、肝心の『適サシ肉』に込めた意図が伝わっていないように思えてしまうんです」

 

あるテレビ番組からは「A5を扱わないってことは安くなるってことですか?」という問い合わせが入った。別の番組からは「霜降りと対決してください」という企画も舞い込んだ。

 

「そもそもA5や霜降りという基準は、見た目の指標です。本来、味との相関関係がどこまであるかと言うと微妙なもののはずなのに、その指標が独り歩きしてしまっている。もちろん市場の仕組みとして一定の基準は必要ですし、セリで枝肉を買うときには、見た目で判断するしかありません。ただ市場の基準と、弊社が考える『いい肉』とがズレてきてしまった面もあるんです」

サシの入り方、いまむかし

牛肉の格付にはいくつかの物差しがある。例えば「A5」という指標は、歩留まり等級のA~Cと、肉質等級の5~1を組み合わせたもの。歩留まり等級は可食部の多いものがAで、少ないものがCにランクづけされる。一方、肉質等級で重視されるのはサシの入り具合。5等級がもっともサシが多く、1等級は少ない。市場を流通する牛肉は両者の組み合わせを指標にセリにかけられる。可食部が多く、サシの入りがいい「A5」は高い値付けがされやすい。

 

ややこしいことに、サシの入り方――脂肪交雑にはもうひとつ「BMS」という基準がある。ざっくり言うと肉質等級を細分化したもので、肉質等級1=BMS1、肉質等級2=BMS2、肉質等級3=BMS3~4、肉質等級4=BMS5~7、肉質等級5=BMS8~12となる。

※詳しくは、こちら、【肉の格付け】(http://www.nikumedia.com/word/rank.php)

 

「この20~30年で和牛に入るサシがずいぶん増えました。昔の5等級でも、いまの市場に出したら4等級かヘタすると3等級と評価される肉もあるんじゃないでしょうか。『適サシ宣言』以前、うちではBMS 8~7くらい。つまり5等級と4等級の間くらいの和牛を出していたんですが、今回目安となるBMSを7~6、等級を4に下げました。赤身と脂肪の比率が7: 3くらいというそのバランスが、多分関東で一番甘めであろう、うちの割り下にはちょうどいいんです」

 

実際、市場関係者も「昔は脂肪が3割入っていれば、BMS10以上はかたかったのに、いまでは脂肪が5~6割ないと(脂肪交雑で最高の)BMS12にはならない」と言う。脂肪の量一辺倒になってしまった評価基準を、本来の「味」に引き戻す。「適サシ宣言」にはそうした意図も込められている。

 

下段写真(上/左):以前肉メディアでイベントを行った際、「ちんや」で提供いただいたA5ランクの肉

下段写真(下/右):“適サシ”宣言後より提供されている肉

「適サシ」の「適」は質も指している

もっとも、ここまで挙げたサシの量の話は「適サシ宣言」のほんの一部だ。「ちんや」が提案する「適サシ肉」の条件は以下の通りとなっている。

 

1. 黒毛和牛のメスの肉であること。
2. 脂肪の量が、日本食肉格付協会による牛枝肉取引規格で「4等級」であること。
3. 充分な月齢(30か月)まで牛を肥育することにより、脂肪の融け方が良いこと(=脂肪の融点が低いこと)
4. サシの形状が「粗(あら)ザシ」ではなく「小(こ)ザシ」(=サシの入り方が細かい)であること。

 

1.の「黒毛和牛のメス」については、条件として定められたブランド牛もある。キメ細かく柔らかい肉質にファンも多い。2.の「脂肪の量」は前述の通り。そして3.の「充分な月齢(30か月)」は脂肪の質に関係するという。

 

「牛の脂肪に含まれる不飽和脂肪酸の割合が増えると、脂肪の融点が低くなる傾向があります。そして牛の脂肪を不飽和化する酵素は、体の成長が止まる頃、活発に働くようになる。つまり肥育月齢が長くなると、脂肪の口どけもよくなるのです」

 

ただし、牛肉のセリは肉質×重量で決まる。肥育農家にとっては、成長が止まってからも肥育を続けることは疾病リスクなども伴うし、昨今の慢性的な牛不足もあり、早期出荷への圧力もある。市場に出荷される牛でも、30か月以上の黒毛のメスはごくわずかだという。

 

「特に黒毛和牛の場合、30か月くらいからグンと味が乗ってきますから、月齢はどうしても基準に盛り込みたかったんです。4.の『小ザシ』はきめ細かいサシが入った肉のほうが、『和牛香』という和牛独特のいい香りが立ちやすく、赤身部分の肉質もきめ細かい傾向があるように思います 」

 

家庭でも使える、プロの目利き技

そして実際の「適サシ肉」は、これらの条件を満たした牛肉から現物を見て決めるのだとか。

 

「最終的には、肉をしっかり見て決めます。例えば脂身は漂白したような不自然な白さのものは避けて、透明感のある自然な白さのものを選んでいます。脂肪の色自体はあまり気にしません。穀物飼料牛でも米を多く与えた牛の脂身は白っぽくなりますから。赤身に深みのある肉は、味にも深みがあっていいですね。桃色がかった浅い赤やケバケバしい鮮紅色のものは、味のノリや深みがいまひとつということが多いかもしれません」

 

こうした目利き術は、一般のわれわれが精肉店やスーパーで肉を買うときにも応用できるという。

 

「ブランドや等級も一定の指標にはなるかもしれませんが、同じブランド牛でも生産者が違えば味が違うということもあります。まずは自分の目で見て、色、形、においなどを確認しながら、いいと思う肉を買い、いいと思える店で召し上がられることをおすすめします。そうして口に合う肉を探し続けるうちに、きっと自分好みの肉に出会えるはずです」

 

ブランド、等級、産地……。肉を選ぶ指標は無限にある。生き物である以上、ふたつとして同じ肉はない。まずはプロフェッショナルが目利きした肉を、五感を総動員して味わってみる。そうして得た味わいの先に、自分なりの肉の基準が見えてくるはずだ。

 

(取材/文:松浦 達也)