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2017.02.22

食と科学のおいしい関係(14)

古く江戸時代から食べられている牛肉の味噌漬け。あの独特の風味の秘密を解明します。

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食と科学のおいしい関係(14)

井伊直弼暗殺の原因は“食べ物の恨み”だった?

味噌漬けはおいしいですね。お中元やお歳暮で牛肉の味噌漬けをもらうとうれしくなります。肉の表面をキッチンペーパーでぬぐい、弱火で焼く。飴色の断面がなまめかしい。味噌があぶられて香ばしく、酒粕に似た発酵の味が独特で癖になります。

 

仏教の伝来以降、明治維新まで獣肉が禁止されていた日本ですが、「薬喰い」と称してイノシシや鹿、タヌキ、牛、豚などを食べていたそうです。そうした店はももんじ屋と呼ばれ、現在も両国に残っています(1718年創業だそうです)。なお鶏は二足なので四つ足ではないと普通に鍋などにしていました。

 

安政の大獄で知られる大老・井伊直弼は彦根藩(現在の滋賀県)の出身。実は彦根藩、幕府に牛肉販売を許された唯一の藩であり、牛肉を味噌漬けをこしらえては「養生肉」(品名として、『反本丸』が有名)と名付け、お歳暮として関係する諸藩へと贈っていました。もちろん将軍家にもこれを収め、水戸藩・徳川斉昭はことさら牛肉の味噌漬けを愛好したのだそうです。ところが井伊直弼が藩主になると、養生肉を禁じてしまいました。禅宗の熱心な信者で、殺生を嫌ったからと言われていますが、そのせいで徳川斉昭の怒りを買い、それが井伊直弼暗殺となった桜田門外の変を引き起こしたとも。恐ろしきは食べ物の恨みか。

味噌漬けのメカニズムを解明する

今回、安い牛肉を味噌漬けにしてみたんですが、ホントにおいしくなりますね。保存性が高まるというのが冷蔵設備のない昔の知恵でしょうが、味が違う。味噌を塗って焼いても、この味にはならない。数日寝かせると、香ばしくも色っぽい風味が生まれるのです。

 

何が起きているのか? 牛肉の研究論文は見つからなかったのですが、魚に関する論文はありました。それによるとうま味が3割ほど増え、タンパク質が分解して線維が軟らかくなっていました。タンパク質はアミノ酸が結合したものなので、理に適っています。

 

味噌中の麹菌はタンパク質分解酵素(プロテアーゼと呼ばれます)を生成します。タンパク質分解酵素といえば、有名なところではショウガやパパイヤのパパイン、キウイのアクチニジン、ヨーグルトのエンドペプチダーゼやエキソペプチダーゼなどがあります。いずれも筋肉繊維のタンパク質をアミノ酸に分解、さらに結合組織のコラーゲンなども分解してしまいます。だから肉や魚を漬けておくと軟らかくなるわけです。

 

味噌漬けを自作すると最初の数日は、噛むと肉の繊維が目立ちます。これはタンパク質分解酵素が結合組織から先に分解するためで、1週間ほどで急激に肉自体が軟らかさを増します。

 

味噌自体も麹菌の力で大豆が分解したもので、元の大豆にはないビタミンやアミノ酸が合成されています。それが味噌特有の風味を生み出す元です。

 

牛肉中の遊離アミノ酸(アミノ酸として存在している)の濃度は低く、そのままではうま味が足りません。そこで通常は熟成が必要(牛肉の場合、1~2週間)になりますが、味噌はタンパク質がアミノ酸に変わるプロセスを短縮し、うま味を増やすのです。

 

さらに麹菌は脂肪分解酵素のリパーゼも生産します。脂肪は脂肪酸が結合したものですが、肉の香気成分は主として脂肪酸です。通常は熟成過程で脂肪が分解し、ラクトン類やオレイン酸などの香気成分となる脂肪酸が増加しますが、タンパク質同様、味噌はこの分解を促進します。

 

味噌漬けの牛肉は焼くと焦げやすいのですが、これがおいしさと軟らかさの秘密です。糖とアミノ酸が熱によって結合、茶褐色の焦げを生成するのがメイラード反応(アミノカルボキシ反応)です。その結果、メラノイジンという色素成分や香気成分が増して風味がよくなるのですが、メイラード反応がもっとも起きる温度は155度。対して肉のタンパク質凝固温度は65~68度付近です。つまりメイラード反応で風味を良くしようとすると焼きすぎで肉は固くなり、焼き具合が難しくなるわけです。

 

味噌は基本的に茶褐色をしています。これは発酵過程でメイラード反応が起きた結果です。つまり味噌漬けの肉の場合、すでにメイラード反応で生成されるメラノイジンや香気成分が味噌によって補われているわけです。

だからステーキなら焦げができないような弱火で火を通しても、味噌のメイラード反応で風味を補っているため、肉が軟らかいままでおいしく仕上がるわけです

 

味噌漬けはただの保存食ではなく、多面的に肉の味を増す技術だったんですね。

 

 

参考文献:『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』(加来耕三/ポプラ新書)

川口 友万

川口 友万

福岡県福岡市出身。富山大学理学部物学科卒。サイエンスライター。「ホントにすごい! 日本の科学技術図鑑」 (双葉社スーパームック)など著書多数。
毎週日曜日、五反田にて科学実験を体験できるバー『科学実験酒場』https://www.facebook.com/groups/kagakubar/ を開催している。