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2017.05.19

あの人のけしからんレストラン「ひみつくじら」

教えたいけれど教えたくない、でも仲のよい人には教えたい!
そんな名店を食通がリレー方式で紹介していきます。

今までの食通たちの“けしからん”レストランはこちら

あの人のけしからんレストラン「ひみつくじら」

紹介してくれた人 平野 由希子さん(料理研究家)

「ひみつくじら」。え。どんな秘密がそこに? とその言葉の持つ甘美な響きにそそられるが、谷根千にあるこの店は、決してよからぬことをしているわけでも、闇ルートの食材を扱っているわけでもない。ここは房総から直送されるおいしい鯨(もちろん合法的な)が食べられる秘密の店なのだ。

 

鯨は今や私たちの食文化から、縁遠くなってしまったけれど、中高年には、懐かしい存在だ。私の父も鯨肉が好きだった。飲み友達のオヤジ達にも鯨好きは結構いて、私自身も親しみを持っている食材だ。だが、「ひみつくじら」で食べられる鯨は従来のイメージの鯨肉とはわけが違う。

 

ここでは、刺身、竜田揚げ、はりはり鍋はもちろん、自家製の鯨ベーコン、カルパッチョ、叩き、ステーキ、炭火焼、鯨茶漬けetc……と目移りするメニューが並ぶ。あれこれ迷うが、ここはやっぱり刺身だ。そして、まずはツチクジラの背肉の刺身。一口食べてみると、その味は知っている鯨とずい分違うことにたいそう驚く。これまで食べたことのある鯨の味もそれはそれで悪くないと思っていたが、この店で供される鯨は、艶があってきめ細やか。良質な鉄分が豊富なことを感じさせる味わい深い、赤肉の味だ。しなやかな筋肉を思わせるその肉質もいい。そして、他の肉には決してない、鯨肉ならではの味がここにある。

 

房総では6月から8月が鯨の猟期。年間26頭が捕獲され、凍結をかけ、それを年間通して賄う。猟期には生のものが直送されるが、凍結をかけたものも、ダメージのある部分はトリミングして良い部分だけ使うなど、丁寧に料理され遜色ない。とはいえ、生の鯨肉には、やはり少々気分が上がる。この日は定置網にかかったミンククジラが無凍結で入荷していた。誤って、網に入ってしまったものは逃すことができないので、こうして、いただく機会にあずかることができる。

 

その日の入荷によって供される刺身盛り合わせは、ツジクジラの背肉のほか、ミンククジラのの鼻腔肉の炙り、ミンククジラの無凍結の刺身、ミンククジラのトロでツチクジラの背肉を巻いたトロ巻き。こういう希少な部位をいろいろ食べていると、鯨の世界が目の前に開けてくるような気にさえなる。

 

「ひみつくじら」ではそんな鯨肉を様々な食材と掛け合わせ、丁寧に調理を施し、驚きのある料理に仕立ててもくれる。この日は無凍結の鯨肉をたたきにし、わらびと雲丹を乗せたもの、そしてメインは堂々たる風格のあるレアステーキ。さて、何を飲もうか。赤ワインもいいのだが、ここでは日本酒を合わせてみたくなる。

 

店主の石川さんはその豊富な鯨の知識をもとに、鯨肉に合わせて日本酒を選び、房総の完全無農薬野菜や貴重な食材とともに提供してくれる。ご自身曰く「説明の長い店なので‥・」というが、食材の背景などの説明を聞きながら、盃を重ねていると、鯨、房総への愛が深まっていくのを感じてしまう。

 

このおいしさは秘密になどしておけない。ましてや、この鯨の食文化が廃れてしまうなんて“けしからん”すぎる。鯨肉の文化、しっかり享受して受け継いでいかなくては。

ひみつくじら

〒113-0031

東京都文京区根津1丁目27-7
営業時間:(平日、土、日、祝日)17時30分~22時30分※材料がなくなり次第、終了する場合あり

ランチ営業(日曜のみ)/12時~※予約制(4名様以上)

休:火曜

  • 03-5834-7157

平野 由希子さん

平野 由希子さん

料理研究家。

日本ソムリエ協会認定ソムリエ。ワインとレシピのサイト「Wine365」主宰。2015年フランス農事功労章シュヴァリエを叙勲。
本格的なフレンチから毎日のおかずまで、シンプルで作りやすい料理を雑誌、書籍などで紹介。
大井町に「8 huit.(ユイット)」、根津に「76vin(ナナジュウロクヴァン)」の2店のワインバーを手がける他、商品企画、店舗のプロデュースなど多方面で活躍。
主な著書に「『ル・クルーゼ』で、つくりたい料理」(地球丸)などル・クルーゼのレシピシリーズ、ワインと料理に関する著書など多数。最新刊は「平野由希子のル・クルーゼ料理」(KADOKAWA)。

 

http://www.wine365.co.jp