• TOP
  • Column
  • イエニクのススメ 下処理編(2)

2016.01.14

イエニクのススメ 下処理編(2)

大好評、「肉ドリル」でお馴染み、松浦氏が教える、お家でお肉=イエニク 講座。

イエニクのススメ 下処理編(2)

下処理とは?

「煮るなり焼くなり好きにしろ」。やや時代がかった捨てゼリフとしてよく使われる言葉だ。だがただ好き勝手に調理して、うまい料理ができるわけがない。目指す「うまい」に応じた手順を踏んで、初めて料理は「うまく」なる。「好きにする」のは一定の知見を仕入れてからのほうがいい。

 

第一の手順は「下処理」。大きくわけると、肉の調理における「物理的操作」と「化学的操作」の2種類がある。物理的操作とは肉や筋を切る、叩くといった文字通りの物理的な操作。もうひとつの「化学的操作」は調味や漬け込みといった手法で、肉の組織を変性させることを指す。

肉を叩く/筋を切る

もっとも簡単なのは肉を叩く、スジを切る、といった物理的操作だ。筋膜などのスジはコラーゲンが多く、加熱するとかたくなる。やわらかくするには長時間の加熱が必要となる。ローストビーフのように厚みがある肉を加熱する場合、スジは取り去り、煮込み料理などに使うのが一番の安全策だ。

 

またスジは加熱すると縮む。ステーキやソテーを焼くときに、赤身と脂身との間のスジに数か所切り込みを入れるのは、そのまま加熱すると、スジの部分が縮んで肉が反り返ってしまうからだ。均等な加熱をするためには、スジは短くしておいたほうがいい。

 

その上で、ミートハンマーで叩いて肉の繊維を伸ばしたり、「ミートソフター」や「ミートテンダライザー」などのスジ切り器で肉の繊維に細かい切り目を入れることで肉をやわらかな食感に仕上げることができる。ただし、やり過ぎると肉らしい食感が失われてしまうので、好みの加減を見つけておきたい。

肉のpHを調整する

水溶性の性質をあらわすのにpHという値がある。数値が大きくなるとアルカリ性、小さくなると酸性を表すが、この値も肉のやわらかさに関わってくる。通常、牛や豚のpHはやや酸性寄りの5~5.5程度。肉の保水力もこのあたりがもっとも低い。水分が失われる≒かたくなる。つまりそのまま調理するとかたくなりやすい。

そこでマリネである。酒や酢、レモン汁などの酸性の調味料に漬け込み、pHの値を小さくすると肉の保水力は上がる。重曹などでpHの値をアルカリ性寄りに大きくしても肉はやわらかくなるが、独特の苦味は好き嫌いがわかれるだろうし、pHが低くなると肉自身のタンパク質分解酵素も活性化する。漬け込むだけでなく、煮こむときに加えてもいい。さまざまな酒で試したところ、焼酎やウォッカなどの蒸留酒よりも、日本酒やワインなど醸造酒のほうが効果が大きいようだ。日本酒ならば味の邪魔にもなりにくい。

天然野菜や果物のタンパク質分解酵素を利用する

 

リーズナブルな肉でも、すりおろした玉ねぎなどに漬け込むとやわらかくなる。これは植物に含まれる天然のタンパク質分解酵素、プロテアーゼの働きを利用したものだ。代表的なものではパイナップル、いちじく、キウイフルーツ、ショウガなど。なかでも強力なのがマイタケだ。みじん切りにして調理前の肉にまぶしておくだけで、肉は驚くほどやわらかくなる。実際、山梨学院短期大学の研究チームなどは「マイタケで茶碗蒸しはなぜ固まらないのか」という論文まで発表しているほど。マイタケのほか、シイタケ、ヒラタケなどもプロテアーゼ活性が高いことがわかっている。ただし、やわらかくはなるものの、きのこ類は意外と香りが強いので使用量や漬け込み時間などは、各ご家庭の好みに合わせてご調整されたし。このほか、加熱処理されていない麹製品(塩麹など)もプロテアーゼ活性は高い。ちなみに缶詰のパイナップルのように加熱済みのものは、酵素活性が失われていて、やわらか効果は期待できない。

 

とまあ、『大人の肉ドリル』に書いた内容から抜粋して書きつづってみたが、肉の味わいはやわらかさのみによるものではないので、すべてを同時に試す必要はない。必要なものを適切に使うことが大切なのだ。

料理とは、クリエイティブでとても楽しい作業だ。煮るのも焼くのも「好きにする」のもいいと思う。でも、音楽に「楽典」があり、デザインやアートにも基本となるルールがあるのはなぜか。それはルールを知るだけで、仕上がりが劇的に安定するからだ。

 

以前、とある書の大家が「芸術家というものは、職人の知りたるところは、すべて知らなければならない」とおっしゃっていた。どんなセンスの持ち主でも、知識と研鑽を重ねてこそ、仕上がりは群を抜く。いい料理人は勉強と鍛錬を欠かさない。

 

次回は「加熱」の話をしたいと思う。

松浦達也

松浦達也

東京都武蔵野市生まれ。編集者・ライター。さまざまな「食」を「食べる」「つくる」「ひもとく」フードアクティビスト。調理の仕組みや科学、食文化史などを踏まえ、『dancyu』などの料理誌から一般誌、新聞、書籍、Webまで幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオなどでは食のトレンドやニュース解説も。近著の『家で肉食を極める! 肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(マガジンハウス)ほか、自らも参加する調理ユニット「給食系男子」名義で企画・構成を手がけた『家メシ道場』『家呑み道場』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はシリーズ10万部を突破。

ブログ「うまいものばか!」 http://umaimonoholic.blogspot.jp/