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2016.01.19

食と科学のおいしい関係

おいしさを最大に引き出す秘密は科学にあり。美味の裏側で働く科学的メカニズムを解説します。今回は通電すると肉がおいしくなるという不思議な現象について説明しましょう。

食と科学のおいしい関係

肉に電気を流すとおいしくなる? 肉と電気の不思議な関係

週刊モーニングで連載され、昨年12月に最終回を迎えた理系学生コメディ『決してマネしないでください。』(http://www.moae.jp/comic/ketsumane)。

同作品の中で、研究室の学生たちが科学の知識を動員して食べ物をおいしくするという回がありました。そこで紹介されていたのが、鳥の胸肉に電気を流すとおいしくなるという現象です。

 

マンガの中で、学生たちは釘を刺した鶏肉を一般家庭のコンセントとつなぎ、電気を流した後、ワイン蒸しにして食べています。

鳥の胸肉ということは、ようするに死んだ肉です。死んだ肉に電気を流すなんて、まるでフランケンシュタインの化け物です。そんな肉がおいしくなる? フランケンシュタイン博士もビックリですが、本当にそのようなことが起きるのでしょうか?

 

結論から言えば、起きます。

 

通電することで、筋肉が運動している状態に

屠殺すると、その瞬間から死後硬直が始まります。筋肉を動かす燃料であるATPが筋肉を収縮させるためです。筋肉を収縮させることで、消費されたATPはイノシン酸に変わります。すべてのATPが消費尽されるまで、死後硬直は続きます。鶏の場合、およそ48時間かかります。

 

死後硬直が解けると肉はうま味=イノシン酸が増し、筋肉の収縮が解けた上に酵素がタンパク質を分解、肉質は柔らかくなり、おいしくなります。つまり肉の熟成とは、死後硬直が解けてうま味が増した状態を指すのです。だから本当なら、屠殺後に数日間、肉は寝かせておいた方がおいしくなるわけですね。

 

しかし養鶏場ではそんな悠長なことは言っていられません。早朝、鶏を締め、出荷します。だからスーパーの店頭には死後半日~1日の鶏肉が並んでいます。

さらに低温で保存された場合、ATPの消費は止まります。鶏肉は工場でパック詰めされ、冷蔵されて店頭に並び、そこでも冷蔵保存されるため、筋肉が収縮した状態のままで家庭に持ち帰られるのです。

死後硬直状態の肉はうま味が少なく、繊維も固いのでおいしくありません。特に鶏の胸肉のような脂肪分の少ない肉は、ことさらパサパサして味がありません。

通電すると筋肉が運動している状態と同じようにATPが消費され、瞬時に死後硬直から熟成へと変化が起きます。鶏胸肉一枚なら、20Vでわずか3分間。驚異です。

 

100Vで通電すると電極付近は変質しますが、肉自体は冷たいままです。電気を流して肉全体が焼けることはありません。

私が亭主を務めるバー『科学実験酒場』(肉メディア「今月のキーワード 科学実験酒場」→コチラ) でも、通電した肉を“電気肉”と呼び、食べ比べを行っています。その差は歴然。来た客がほぼ全員、おいしくなった、柔らかくなったと言います。なお鶏肉に限らず、マグロや豚肉でも味に差が出ます。

暗示じゃないか? と疑われるため、味覚センサーで味を分析したら、うま味成分が突出していました。電気を流すと肉はおいしくなるのです。

 

肉への通電は欧米では一般的で、牛丸ごと一頭に電流を流し、熟成させるといったことが普通に行われています。肉と電気の関係、知らないのは日本の消費者だけなのかもしれませんね。

川口 友万

川口 友万

福岡県福岡市出身。富山大学理学部物学科卒。サイエンスライター。
科学専門サイト『サイエンスニュース』の編集統括。
著書に『ホントにすごい日本の科学技術』(双葉社)、『みんなのための「ストレスチェック制度」明解ハンドブック』(双葉社)、『ビタミンCは人類を救う!!』(学研パブリッシング)、『あぶない科学実験』(彩図社)など。TV出演、講演も数多い。
毎週日曜日、武蔵小山にて科学実験を体験できるバー『科学実験酒場』を開催、週替わりで食に関する実験を行っている。

https://www.facebook.com/groups/kagakubar/