2016.05.18
食品自体を発熱させ、調理するというコロンブスの卵的な『ジュール加熱製法』。原理は簡単で、焼けムラのない調理ができるというでやってみたら、存外な結果に!
以前、電気肉という、肉に通電することで熟成を早める技術を紹介しました。あれは食肉加工の現場向けに開発された技術でした。
食品工学はレストランのキッチンとはまったく別のベクトルで、斬新な調理を生み出しています。新たな食感や味わいを生み出す新調理法は、とても魅力的ですが、一般の目には触れません。それは工場のラインでは有効でも、厨房に落とし込むにはハードルが高いためです。
今回、ご紹介するのは『ジュール加熱製法』。電気が通りにくい物質に電気を流すと、通りにくさに応じて、物質が熱くなります。ニクロム線に電気を流すと熱くなりますが、あれがそうです。
電気を流して発生する熱をジュール熱と呼びます。ジュール加熱製法は、食品に電気を流して調理する技術です。
この何が凄いかというと、電気を流して発熱するのが“食品そのもの”ということです。炒め物にしても焼き物にしても、加熱なんです、常識では。熱を外から加えるわけです。しかしジュール加熱製法は、食品が自分で発熱する!
ジュール加熱製法を利用した工業用加熱装置を販売しているメーカーによれば、自分から発熱するので、均一にむらなく熱が発生し(火が入るという表現はあり得ないのですね)、中心も外側も同じ焼け具合になるというのです。
フライパンで焼くと、外は焦げているのに中は半生という失敗をしまいます。加熱だからです。しかしジュール熱なら、外の焼け具合と中の焼け具合が均等なので、焼きムラなんてものはない!
すごいじゃないですか。肉汁が外にこぼれるとか、火が入り過ぎてパサパサなんてことが起きないんですよ?
やってみました。
原理は単純、食材を全部カバーする面の電極で食材を挟んで、通電するだけです。
ホームセンターで買ってきた金具で生のハンバーグを挟み、100ボルトの家庭用電流を流します。戦中戦後に電気パンという、ジュール熱を使って家庭でパンを焼く装置(みなさん自作されたそうです)と同じです。
それで……均一?
電気を流すと壮大に煙が上がり始め、はい、大・成・功! と10秒ぐらいは思ったのですが、盛大に肉汁が流れ始め、これはいかんと電源を切りました。電極代わりの金具の間からハンバーグを取り出します。
なんということでしょう!
片面しか焼けてない! もう片面は完全に生! 冷たいまま! そして焼けている方は真っ黒! 焦げてる!
おい、これはどういうことだ、ジュール。何をやってくれたんだ、ジュール。
ひっくり返しても、焦げる面は焦げ続け、肉汁は反対側から土石流のように流れ、何が何だかわからないうちに、焼けているんだか何だかとにかく出来上がり……。
まあいいです。焼けたんだから、こぼれる肉汁で焼けようがどうしようが、まずは焼けた、それでいいとしましょう。さあ、実食だ!
……オゾンの味がする。
空気が電気を帯びるとオゾンという、不安定な物質に変わります。殺菌力が強いので、クリーニングなどに使われていますが、独特の刺激臭があります。
ジュール熱で焼いたハンバーグを口に入れるや、あの刺激臭、そしてケミカルな風味。オゾンってこんな味がするのか、と全然違う感心をしてしまいました。
かように工業を厨房に持ち込むのは難しいのです。あ~マズかった。
福岡県福岡市出身。富山大学理学部物学科卒。サイエンスライター。
科学専門サイト『サイエンスニュース』http://sciencenews.co.jp/ の編集統括。著書多数。
毎週日曜日、武蔵小山にて科学実験を体験できるバー『科学実験酒場』を開催、週替わりで食に関する実験を行っている。
■科学実験酒場